プロフィール

墨田聖書教会

Author:墨田聖書教会


〒131-0031
東京都墨田区墨田3-19-4
tel・fax : 03-3619-0195

戦後、アメリカ人宣教師と地元の人たちとの協力により1954年創立。かまぼこ形兵舎を再生した下町向島にある教会です。

子どもから大人まで一緒に礼拝を捧げています。在日外国人の兄弟姉妹たちも集っています。共に祈り合う教会として家庭的な交わりを大切にしています。


「神はそのひとり子を
 世に遣わし、
 その方によって
 私たちに
 いのちを得させて
 くださいました。
 
 ここに、
 神の愛が私たちに
 示されたのです」

 ヨハネの手紙第一4章9節

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東武スカイツリーライン「鐘ケ淵駅」東口徒歩約7分 京成押上線「八広駅」徒歩9分
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東京墨田区東武スカイツリーライン鐘ケ淵駅から徒歩7分。プロテスタント教会              

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教会員の証し その1
  hato2.jpg   (キリストと歩んでいる人たちの人生をご紹介します)



人生の半分、そしてまたその半分        高橋泰雄



2009年、野球の世界一を決めるWBCで、
イチロー選手は日本代表チームを勝利へと導くヒットを放ちました。
そのイチローが、それまでチャンスがありながらヒットを出せなかった時、
「心が折れそうだった」という表現を使っていました。
数々の輝かしい記録を持つ選手をして、
「心が折れそうになる」という気持ちになるのかと、
私は急にイチローに親近感を覚えました。

私の場合は、「心」というより、
それを支える「信仰」が折れそうになる場面をしみじみと思い出します。

現在、私は60歳です。
人生の半分である30年間を、クリスチャンとして生きてきました。
洗礼から15年目に転機が訪れ、
その後の15年ではまったく違った歩みとなりました。

私は大学卒業後、社会人として暮らす中で、
神さまに信頼して、神さまに従って生きる決心をしました。
30歳でした。
洗礼を受け、新しく生まれ変わるということは、
私の人生において間違いなく素晴らしい出来事でした。

古い自分は十字架に打ちつけられ、
いつも重くたちこめていた霧のような思いは晴れ、
まっすぐにキリストへと向かう道が示されました。
よし、その道を誠実に歩んでいくぞ、という強い思いも与えられました。

ところが、そのように意識が変わったのですが、
日々の生活の中で、
神さまとの関係においては、大きな間違いを犯していました。
生活の中で、神さまの扱いと、この世の扱いとを分けて考えていたのです。
たとえばそれは、家内安全や商売繁盛については、
神さまに求めるのは申し訳ないので頼らないということです。
これは、一見、謙遜に見えますが、
自分の力で生活は成功させていこうという、
ある意味で傲慢な考え方をしていたと言えます。
言うなれば、頭の信仰。
つまり、
表面的なところでしかキリストと向かい合っていなかったということです。

その結果は、明らかでした。
神さまにゆだねていないところに、どんどんとほころびが生じ、
取り返しがつかないほど広がっていきました。
私はどれだけ神さまを悲しませ、
イエス・キリストをいったい何度、十字架に架けてしまったことでしょう。
具体的には、離婚、経済的破綻。
トラブルを起こして最初の教会を飛び出し、
生活ばかりか心の拠り所も失い、文字通りボロボロでした。

冒頭に、「信仰が折れそうだった」と書きました。
それは罪を犯してはゆるしを乞う繰り返しという
身勝手な自分の祈りに対して、自分自身に嫌気がさし、
もう信仰など捨ててしまおうと思ったことをいいます。

しかし、神さま以外に、何も頼るところがないことは、
自分でよくわかっていました。

そんな中、とりわけ経済面では、窮地に追い込まれ、
自分の不従順に対して、試みというよりも裁かれているかのようでした。
いよいよ追いつめられ、それとともに祈りが変わってきました。
きれいごとなど言っている場合ではなく、
ただもうなりふり構わず、悲鳴に近いような叫びやうめきが続きました。

1993年2月15日、忘れることのできない日となりました。
自己破産を覚悟した自分のことはもちろん、
二人の娘と母親のことについて渾身の祈りをしていた時のことです。

娘たちは苦労して入学した私立の中学校をやめることになり、
担保となっていた実家は人出に渡るため、
母親は年老いた今、まさに住む家を失わんとしているような状態でした。
私はただひたすら、心を注ぎ出して自分や家族のために祈っていました。

その時、これまで体験したことのない不思議な感覚に包まれました。
それは、こみあげる何かあたたかい空気のようなものでした。
その温もりの中、涙が次々とこぼれてきました。
すべてを神さまにさらけ出して、すべてをゆだねる祈りになりました。
そして、必死に伸ばした手に、
イエスさまの御手がわずかに触れたように感じました。

最悪の状況にかかわらず、言いようのない平安の中へ導かれたのです。

そして、その日を境に、すべての様相が変わってきました。
自営業である仕事の状況は、日々、崖っぷちなのですが、
不思議とその日に必要なものだけは、
まるでマナのように正確にその分だけ与えられるようになったのです。
驚くほど、神さまのメイクアップは完璧でした。
今年の6月に、当時の負債の最後の返済金が完済しました。
それは、滞納した税金の延滞税300万円の150か月分納というお金です。

娘は二人とも、その後、学校をやめることなく、
そればかりか、なんと私立の4年制大学まで卒業、就職と進みました。
現在は、よき伴侶を得て、それぞれに子どももできました。
一方の母親は、結局、家を失うことなく、3年前88歳で召されました。
その時まで、私の父が残した家に住み続けることができました。

今、私は感無量という以上の気持ち、
その頃には想像もできなかったほどの平安の中にいます。


「何も思い煩わないで、
 あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、
 あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

 そうすれば、人のすべての考えにまさる紙の平安が、
 あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます」
                  (ピリピ4章・6~7節・新改訳)


とあります。このみことばは間違いなく本当です。

祈りは力であり、クリスチャンの特権でもあります。
そして、祈りは必ずきかれます。

60歳の今、あらためてキリストによって生きる決心をさせられています。


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2009.09.19 Sat 22:41

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